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私小説的な旅行記
(2008-09-12)
この本は作家であり翻訳家でもある田中真知さんが、20年間に渡って行ってきた旅について書かれた私小説ともいえる旅行記である。
「旅行人」の連載中から彼の書く記事は、読者を立ち止めされ、物思いに耽させる吸引力があったように思う。それは彼が旅先で出会う人々を通して、その国や時代が内含する暴力性や脆弱さが垣間見えたり、もしくは彼が訳した「神の刻印」のように正史の傍流に潜む別の歴史が生き生きと描写されていたからだろう。
スポットライトのあたる事物の中心ではなく、その縁で見え隠れする存在に惹かれるような言葉のたたずまいは、彼の旅と生き方の姿勢を顕著に表しているように思える。
「孤独な鳥はやさしくうたう」ではジャーナリズムや史的な言説は影を潜め、旅の物語は彼が出会った人々と自分自身とのダイアローグに収斂されていき、丹念に選りすぐったその語句は、記憶から言葉の連鎖を引きずり出されたものではなく、20年のあいだに熟成させた深い色を持っている。
イスタンブール、アテナ、カイロ、ザイール、バルセロナ、サハラ、マダガスカル、モンゴル、チベット、日本、トルコ、バリ、ポルトガル、スーダン、彼が、そして彼の妻が出会い訪れた国々の描写からは、ガイドブックのような情報は得られない。しかし、それぞれの短編のなかで入念に紡がれた言葉は、紛れもなくある時代とある場所を鮮明に反映しており、それはおそらくこの異様なスピードで進む現代社会のなかでは、失われた過去になりつつあるものだろう。真知さんがジェラルド・ダレルの滞在記やサン=テグジュペリのキャップ・ジュビーに感じたものと同様のことを、この先この本の読者も感じるかもしれない。
この本のタイトルは16世紀のスペインの神秘主義者である十字架の聖ヨハネの詩から来ている。
孤独の鳥の条件は五つある
第一に孤独な鳥は最も高いところを飛ぶ
第二に孤独な鳥は同伴者にわずらわされず
その同類にさえもわずらわされない
第三に孤独な鳥は嘴(くちばし)を空に向ける
第四に孤独な鳥ははっきりした色をもたない
第五に孤独な鳥は非常にやさしくうたう
この五番目の条件は、もっとも困難なものであるように思えるが、真知さんが出会った人々は彼自身も含め、生きる上で様々な重圧を感じながら、本の中でとてもやさしくうたっている。
心にしみいる本です
(2008-08-02)
真知さんが旅をしたエピソード集と言ってしまえばそれまでですが、
いわゆる旅日記とは違います。
なんというか、一瞬の出会いを結晶にしたような。
言葉のひとつひとつが、これを表現するにはこの言葉しかあてはまらない!
というくらい、選ばれているんですよね。
風景描写は、目の前にきらきら輝くその土地が見えてきます。
内から光るような写真を見ている気がします。
特に旅行好きというわけじゃない人たちにも、楽しめる作品だと思います。
椎名誠さんからもお褒めの言葉を頂いたとか!
1人でも多くの方に読んでもらいたい本です。
水の底で光る大事な鍵のような文章
(2008-07-17)
誤って水に落とした大事な鍵が、たちまち水底に沈んでいくさまのように、
意識の底に、すーっと深く沈んでいくフレーズ。
難解な内容でも文体でもない。
旅の珍エピソード自慢でもない。
旅の“猛者”・旅の“達人”というのなら、他にもたくさんいるだろう。
この本は旅本であって旅本ではない。
彼はむしろ、旅人というよりは旅の傍観者として在る人だ。
旅の途上で彼が出会い、ひととき交わったり交わることがないままだったりした周りの人々は、
みんなクレイジーで常軌を逸しているけれど、彼だけはどこかいつまでも素人くさく、
それだけ身近な人のように感じられる。
本当は、長い旅や過酷な体験を山ほどしてきている人なのに。
『海沿いの道はまっすぐである。左手に岩だらけの平坦な荒れ地が広がり、
右手には裁ち落としたような崖がつづく。海からの風に舞いあげられた砂が、
半透明ないくつもの帯状の層となって、道路の上を泳ぐように流れていく。
(「星の王子の生まれたところ」中』
一文字も無駄がない。
これ以上語れば冗漫だし、これ以下では想像の手がかりが不足する。
あまりに端正な描写のために、名文だということに気づく間もなく、
読者の脳裏にありありと“そのまっすぐな道路”の情景が立ち上がってくる。
誰にでも書けそうで、決して書けない文才。
ただの旅自慢と彼の文章の差は、なんだろう。
いうまでもなくインテリジェンスがちがうということはあるにせよ、
私には、彼にとっての“読者”の想定に関係があるのではないかと思える。
どの小編も、どことなく覚え書きっぽい……というのが適切でなければ、
どこか“自分に宛てた手紙”のように見えるのだ。
昔の出来事を、未来の自分に向けて忘れないように語っているような。
そう、彼にとって、読者は本人なのではないか、と思えるのだ。
“書いてやろう”“こんなエピソードで人を驚かせてやろう”といった根性から遠いから、
自意識へ深く沈むような文章が書けるのだ。
まず誰よりも自分自身を、地上唯一の読者であると想定して書きたい
……書くことで心に自由を得るために。
水に落とした大事な鍵は、穏やかそうな水面からすーっと沈み、しかし水底でギラッと光を放つ。
キラッとではなく、ギラッと。
私なりの真知さんのイメージだ。
穏やかそうだが、ひりひりした感覚を持ちつづけている人。
そのイメージは、自分を見つめて書くことをしつづけていることに由来する。
なぜ“キラッとではなくギラッと”、“ひりひり”なのか、知りたければこの本を読んでほしい。
とくに「父はポルトガルへ行った」は、真知さんの亡くなったお父さんのことが描かれながら、
水底で光る鍵のような作家が生まれる理由の手がかりとなりそうな一編だ。
本書中に収められた写真の前時代的ですらあるような不鮮明さも、
このネット時代にあって本ならではのなつかしい手作り感を盛り上げてくれる。
もっと鮮やかではっきりした写真はむしろネットで見慣れているが、
紙の手ざわりといい、文章の透明感と好対照をなす写真の不透明さといい、
ああやはり真知さんはネットの人ではなくて、本の人なのだと実感させられる。
やがて、クレイジーで常軌を逸した人々の話を語る真知さんが、
本当に素人くさいただの傍観者なのかと本を読みながら自問したとき、
そうではなく彼もやはり狂気をはらんだ人なのだということを知っていく。
そして、書けそうで素人には決して書けない文章とは、
意識という水の中のどれだけ深いところにまでその言葉が沈んでいくかにかかっているのだ
ということを知るのである。
旅の風
(2008-07-17)
しばらく「自由な旅」に出ていない方、お勧めです。
自由、嬉しくて楽しくて、悔しくておかしくて、寂しくて悲しくて。いろいろな繊細な感情が異国の空気と混ざり合ったあの感覚・・・。
まるで著者といっしょに旅をしているかのように、リアルに、深く、そして懐かしく感じました。
あの「旅の風」を感じることができますよ。
とっても素敵な本です。宝物が一つ増えました。
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